猫は死んでも可愛い ––モカさんを悼んで––
2023年1月26日、モカさんがこの世を去ってしまった。
14歳と8ヵ月弱の生命だった。
亡くなってから1週間が過ぎようとしているけど、彼女の存在感がどれほど大きかったか、どんなに私が依存していたか、そのくせ、ぞんざいに扱っていたかを思い知らされる毎日だ。
使っていたベッドやトイレ、フードボウル、キャリーケース、キャットフードや猫草栽培セット、みんなまだたっぷり残っているのに、彼女だけがうちにいない。
もう外から帰ってきたときに鳴きながら玄関まで出てきてくれるモカさんはいない。
眠り込んでいて、あとから出てきて明かりのついたキッチンに眩し気に入って来る姿も見られない。
洋服タンスやシュークローゼットを見ればてっぺんまで上って得意げにしいた姿を思い出し、ベッドやホットカーペットを見れば香箱座りやアンモナイトのように丸くなって寝ていた姿を思い出す。
トイレでもお風呂でも、私が入っていたら、大抵のぞきにやってきていたものだから、家のどこの何を見ても彼女を思い出す状態だ。
今はもう、朝起きたらトイレのチェックをしてシートを片付ける必要はなくなった。ノートPCを開きっぱなしで出かけても、キーボードに埃避けのシートをかけなくても、パンをテーブルに出しっぱなしで寝ても全く問題なくなってしまった。椅子の下に眠っているときは脚や尻尾を踏まないように、変な姿勢で座ってご飯を食べたりPCを見たりすることもなくなった。
出かけるときには水やフードを準備して並べたり、スーパーでシートを捨てるときのためのポリ袋をもらわなくてもよくなった。黒やネイビーの服はカバーをかけたり裏返して吊ることもなくなった。
窓を全開にすることもできる。百合だってシクラメンだってガラスの花瓶に飾ることができるし、アロマキャンドルだって焚ける。風呂場にカビキラーを撒こうと思えば撒ける。
2泊以上の外泊だってできるようになった。
だけど、そんなことができなくたって、彼女にはもっと生きててほしかった。
留守中にひとりで逝かせてしまったり、入院させてその間に急変することは避けられたのだけれども、きっと苦しかっただろうし、悔いばかりが残ってしまう。
もっと早く異変に気付いてお医者さんに連れていっていれば違っていただろう。体重が減っているのはわかっていたのに。
こんなに後悔したことってあっただろうか、これまで。
猫は身体が本当につらいときまで一切表に出さないという。
モカさんも結構気が強くて、抱っこされるのがあまり好きじゃなかったからギリギリまで普通にしていたのだろう。でも、それに甘えて見過ごしてたからダメなんたと今になって痛感する。そしてもう再びやり直すこともできないことに呆然とする。
嫌われたって、面倒くさくたって、シニアといわれる年をすぎたら検査に連れていっておけばよかったのだ。
食べ物を何も口にできなくなっても自力でトイレに最後まで行って立派だった。
息を引き取った後だって、身体は冷たくなっていったものの、ずっとやわらかく(痩せて骨ばっていたけれども)毛も幼いころと変わりなく、つやつやのふわふわで、今まで通りかわいらしくて綺麗な猫のままだった。
いっそ剝製にできないだろうかと思ってしまったほどだった。
でも目も口も開けたまま息絶えたから、閉じてあげようとしたけど、うまくできなかった。
寒い時期だったから48時間といわず、もう少し家にいられたんじゃないかとか、火葬車に頼むのではなく、専用の施設で周囲を気にすることなく、しっかり見送ってあげたらよかったんじゃないか、とか本当にどこまでも悔いばかりが残る。
いつか毛皮を着替えて自分のもとに戻ってきてくれる日がくるだろうか。それとも猫とは違う姿でめぐりあうのだろうか。どんな形であってもモカさんにもう一度会いたいと願い祈る。モカさんはもううちに来るのは嫌かもしれないけど。
彼女がやすらかに眠れるように冥福を祈りたいと思うけど、本当は会いたいと望んでしまうばかりのダメな飼い主だ。
飼い主なんていうけれど、わたしのほうが面倒を見てもらっていたような気もする。
電話やインターフォンの音にはビビるけど好奇心が実は旺盛で、神経質なようで大らかな猫だった。震災後の余震が続いていたときも、彼女はいつも落ち着いていて、どれだけ心強かっただろう。
4年前に父が入院先で亡くなり、2日ぶりに帰宅したときは、モカさんの顔を見た瞬間にホッとして初めて涙が出てきた。ずっと会いたいと思っていたから。
ごめんなさいとありがとう、そして、さようならとまたいつか、この言葉ばかりを繰り返して1週間が過ぎていく。
この先どうするのか、次に猫を迎えられるのか微妙な年齢になっているから、モカさんが身をもって教えてくれたことを生かすこと(それが猫への供養や礼にもなるという)はできないかもしれない。
だから余計に悲しいのだと思う。
でも、いつかまたモカさんに会いたい。それぐらい特別な存在の猫だった。
大切なものは大切にしなきゃいけないというシンプルな事実に打ちのめされている。